山から下りてきた

世の中はいつの間にか年を改め2019年に入ってますが、キリスト教徒でない国ではクリスマスや新年を祝うという行事もなく、お正月気分というものが全くない。実はこの間に僕は山から下りてきました。クンデで暮らしている最中にパソコンが壊れてしまい、しばらく音信不通になってました。まあこの間、何をやっていたかというと、たまにやって来る子猫とむかえの3歳の女の子と遊んでいただけで、特に何もやってませんでした。12月も半ばになると気温も急激に下がってきてさすがに寒い。トレッキングシーズンも終わりで、村の人も温かいカトマンズに降りてしまう人も結構いて、村もさみしくなってきた。最近は雪が降ることは少なくなってきたとみんな言うけど、昔は12月になれば大雪に見舞われることもある。そうなると身動きできなくなり命の危険もある、ということで、私もいったん山から下りることにしました。

また温かくなったらクンデには戻ってくるつもりだが、人生先のことはわからない。これが最後の見納めになるかもしれないので、とりあえず振り返って一枚パシャ!。

毎週1回の買い出しの時に見ていたエベレストも今日はかなり強風のようで雲が横に流れている。これも一枚パシャ! 世界最高峰も見慣れてきたが、この風景がすぐ近くにあること自体、すごいことなんだよね…と改めて感じる。

すれ違うトレッカーの数もかなり減ったが、荷物を運ぶポーターたちはひっきりなしにやってくる。観光客は来なくても、ここで生活している人がいるわけだから。村の人に「大雪降ったら市場に買い出しに行けないけどどうするの?」と聞いたことがある。その答えは特に困らない、だった。ジャガイモは冬に備えて貯蔵しているので、買い出しに行けなければ昔の生活のように毎日ジャガイモを食ってればいいらしい。

朝8時20分にクンデを出発してから小休憩をはさみひたすら歩き続け、行きにヘリで降り立ったモンジュに着いたのが午後1時過ぎ。今回はクンデからほとんど下りなのでポーターを雇わずリュックを自分で担いでいる。ただカメラ機材やパソコン類などはそれなりの重さがあるので、結構肩に食い込んで痛い。もうかったるいので、今日はここで泊まるかどうか考えるためにカフェに入って昼食をとることにした。

しかしこのカフェ、見た目は結構おしゃれだ。このモンジュは標高が2600㍍なので、物資も上に比べれば簡単に手に入るのだろう。お店のロゴも独自の看板を作っている。メニューを見るとアップルパイがある。上で食べたアップルパイはそれほどおいしくなかったので、このおしゃれなカフェでいただくパイはどんな味なのだろうかと興味が湧き注文してみた。アップルパイだからすぐ出てくると思ったのだが、なかなか出てこない。そして出てきたものは、想像していたものとはかなり違っていた。はじめは注文を間違えたのかと思ったが、食べてみると確かにアップルパイだ。しかも注文から作り始めたと思われ、熱々でなかなかおいしい。

モンジュで一休みしたら元気が出てきたので、ちょっとでも先に進むことにした。行きはモンジュから歩き始めたので、この下は30年ぶりの光景だ。モンジュを降りていくとすぐにチュモアという小さな部落がある。実は30年前にここを通過したとき、日本人が経営している「旅籠」という山小屋があった。当時は漢字の看板が道沿いにあったのだが見当たらない。村の人に聞いてみると、この写真のところが跡地だが、かなり昔に日本に帰ってしまったのだとか。もうかなりご高齢だと思われるので、ご存命なのかどうか…?

モンジュから下はところどころにロッジがあるので、もう駄目だと思ったところで今日は泊まろうと考えていたが、なんだかんだ言って午後4時半、最初の目的地でこの付近では一番大きな村パクディンに到着した。ここまでくれば、明日は3時間ほどで飛行場があるルクラまで着けるはずなので、ひとまず一安心。

このパクディンは、カトマンズから飛行機でルクラに到着したトレッカーたちが歩き始め、最初に宿泊するところだ。昔は小さなロッジが数軒しかなかったが、今ではこんなおしゃれなロッジや食堂がある。日本はこの30年間、あまり変わらないが、こんな山奥でも世界中から観光客が来て、どんどん変わっているんだね…。

さて次の日、ルクラまではそれほど遠くないので、午前9時と遅い出発。ゆるゆると歩きながら進む。途中、ガットという村がある。ここは大きなマニ石があるところだが、今はその周りに祠ができたりして、この大きなマニ石もあまり目立たない。村人たちは刈った草を干しながら冬支度をしている。

ルクラに無事到着。「パラダイス ロッジ」に今日は宿泊する。案内された部屋は、エベレストに女性で初登頂した田部井淳子さんの名前がついていた。田部井さんはこのロッジに泊まったことがあるという。昔、カトマンズの空港で並んでいたら、すぐ後ろにいた日本人の女性が田部井さんで、しばらくお話させてもらったことがあったことを思い出した。

ランチを食べに街に出る。このルクラはトレッカーたちが歩き出す出発地だけあって、おしゃれなお店が通りに並んでいる。上ではなかなかおいしい店がなかったハンバーガーを食べてみた。味は…上とあまり変わりないかな。

行きはこのルクラからさらに下にあるパプル空港からヘリでモンジュまで飛んだが、普通の観光客はカトマンズからこのルクラ空港に入る。この空港、写真を見てもわかるように、谷に向かって急な坂道を飛行機は転げ落ちていって飛び立ち、着陸は逆にこの急こう配を上がってきて止まるという、何とも怖い滑走路だ。今は舗装されているが、30年前に来たときは、まだ土の滑走路だった。それで大丈夫だったかというと、着陸に失敗した飛行機の残骸が滑走路の横に放置されていたりして、全然大丈夫ではない危険な空港なのだ。

標高の低いルクラまで降りたら温かいと思っていたが、上と変わらずとっても寒い。雲の切れ間から見る山には新雪が積もっており、本格的な冬がすでにやってきているようだ。富士山よりも高いところでのプチ移住はいったん休憩、温かいところに移動します。

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