遭難騒ぎで思ったこと…、登山者の常識って何?

先日、僕がいるクンデ村で遭難騒ぎがあった。うちによく遊びに来る3歳の女の子の父親が「日本人が滑落したので、これから現場に向かう。娘をしばらく預かってほしい」と言ってきた。すでに日没後であたりは薄暗くなってきている。これから遭難があった現場に向かって危なくないのかと思ったが、その父親はエベレストに4回登頂している山のエキスパート。遭難現場もよく知っているということで、救助要請されたという。滑落したのが日本人ということもあり、とにかく無事を祈るしかない。

この遭難騒ぎは翌朝には片が付いた。後で話を聞いたら、日本人のガイドと日本人登山者、そして滑落したのは台湾人の女性の3人グループということだった。その女性は背骨を骨折したが命は助かり、救助隊が到着したときにはすでに滑落現場からテントに引き上げられていたという。翌朝、救助ヘリがクンデ村に降りて、数分後には首都カトマンズに向け飛び立った。とにかく命が助かっただけでも良かった。

ところで、この後の話を聞いて、少々思うことがあった。ヘリに乗ってきたのは滑落した台湾人だけで、残りの日本人は乗っていなかった。どころか、そのまま登山を続行しているという。

まずその話を聞いて、「どういう神経をしているんだろうか」と思ってしまった。僕は直接、その登山グループに会ったわけではないので、日本人2人と台湾人がどういうつながりなのか知らない。ただ常識的に、同じグループで登山をしていて、1人が滑落して救助されたら、それでその登山は終わりだろう。カトマンズに搬送された仲間を心配して、そのまま下山するのが常識ではないだろうか?

僕は現在、富士山よりも高いところで暮らしているが、別に登山者でもなく、エベレストに登りたいなどともこれっぽっちも思わない。それどころか、この村に数日歩いてくるだけでもかったるく思っているほどだ。じゃ、なぜここにきているかというと、それは世界遺産にも登録されているヒマラヤの絶景の中で「プチ移住」してみたいからだ。だから僕自身は登山者の常識というものを知らない。もしかすると、山男の常識では、仲間が滑落しても登山は続行すべきである、という感覚なのかもしれない。

ただ、クンデ村の人々は,この遭難騒ぎをけっこう冷ややかに見ている。まず、地元シェルパ族のガイドなしで登山をしていたということ。日本人のガイドはネパール語を話せるということだったので、登山歴は豊富だったのだろう。しかし、やはりシェルパ族の人からは「山を知らない」と見られてしまい、地元のガイドを付けていなかったのは無謀な登山だったと思っているようだ。

結局、登山を続行していた日本人2人は途中であきらめてクンデ村に戻って来たそうだ。今年は雪が多く降り、とりわけ寒かった。残雪も多く、クンデ村にもいまだにかなりの雪が溶けずに残っている。シェルパのガイドがいたら、滑落したときに登山続行の中止を決めたと思う。そうしたら、仲間を気遣わずに登山を続ける日本人などと思われずに済んだかもしれない。

ところで、この日本人がクンデ村に戻ってきたと聞いても、迷惑をかけた村人にお礼をしたという話を一切聞かない。登山続行もそうだが、このことも非常識なのではなかろうか。

僕が娘を預かった父親は「夜、山の斜面が凍っていて危なかった」と言っていた。もし、救助に向かった村人が二次遭難でもしたらどうなるのだろうか。この父親には、2人の娘と、まだ7か月の男の子供がいる。その子たちの将来はどうなるのだろうか。おそらく、日本人2人は救助に向かってくれた村人の家族のことなんて、これっぽっちも頭の中にはないのだろう。

これは、日本の遭難事故についても言えるかもしれない。私が新聞記者として初めての赴任地が富山県だった。赴任した初めての年末年始、剣岳に登山中だったある大学の登山隊から救助要請が出された。富山県警察山岳警備隊は悪天候の中、救助に向かい、数日後全員救助された。ただ、山岳警備隊が命懸けで救助に向かっている最中、山上の大学生たちはテントの中でどんちゃん騒ぎをしていたそうで、その後世間からものすごい非難を受けた。僕が初めて接した登山についての出来事がこれだったので、登山者の常識って何?と疑問に思ってしまう。

台湾人が乗った救助ヘリがクンデ村を飛び立つとき、周りで見守っていた村人たちが手を振って見送った。これが単にヘリが離陸するときのいつもの動作なのか、あるいは「助かってよかったね」という気持ちの表れなのか、僕にはよくわからない。ただクンデ村の人は、危険を冒しながらも助けを待っている人のところに向かう優しさを持っている。

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