前にシェルパの3歳児と子猫の観察のことを書いたが、その後も子猫は毎日うちに泊まっている。もう自分の家だと思っているに違いない。
先日の夕方、家からそう遠くないところまで子猫といっしょに散歩をしたのだが、あまり気にもせずに家に帰ってきてしまったら、子猫がついてきていなかった。まあしばらくしたら帰ってくるだろうと思っていたら、雨が降ってきてしまった。あたりは薄暗くなってきて心配していたら、びしょぬれになって家に戻ってきた。その時に、子猫が「ニャーニャー」とものすごい勢いで僕に向かって叫んでいる。その表情を見ていると「なんで俺を置いてきぼりにして帰っちゃうんだよ!びしょぬれになっちゃったじゃないか」と怒っているのが伝わってくる。人とネコってコミュニケーションとれるんだとその時、思った。今までネコを飼ったことがなかったので、ネコのことを知らな過ぎた。そこでネコの生態を徹底的に観察してみることにした。
そもそもネコとは、ヨーロッパヤマネコが家畜化されたイエネコの通称らしい。僕のところに泊まりに来る子猫はもともと野良猫で、昼間はネズミなどを捕まえ、夜は人の家に寝泊まりするという行動をとっているので、日本などのペットとは少し違う。人間を利用しながら、あくまでも自分で生活できる術を身に着けているという点で、かなり賢く生きていると思う。しかも顔立ちはなかなか端正でハンサム。体毛はほぼグレー一色だが、毛並みは触っても柔らかくていい。人間に好かれるタイプだと思う。
◎とにかくよく寝るから「寝子」
実は僕は知らなかったのだが、ネコの語源は一説には「寝子」からきていて、とにかくよく眠るという。一日のうち14時間から18時間、ペットとして飼われているネコは20時間も寝るらしい。これはネコ科の肉食動物全般について共通する特徴らしいが、毎日高カロリーの獲物を得られるわけではないので、カロリー消費を抑えるために寝て過ごすのだとか。
うちの子猫もよく眠る。といっても昼間は狩りに出かけるので、14時間は寝ていない。まだ寒いせいか、僕の膝の上に丸まって眠るのが気持ちいいらしく、座っていると必ず足の上にちょこんと上がる。面白いのは、時々「ムニャムニャ」と寝言を言っている。ネコの睡眠はほとんどレム睡眠だそうで、夢はよく見ているという。
◎運動能力
ネコの運動能力が優れているのは言うまでもないこと。瞬発力や跳躍に優れており、自分の体の5倍、1.5㍍ほどの高さまで飛び上がれる。シェルパ族の家の敷地は石垣に囲まれているが、その高さがだいたい1.5メートルほど。子猫も軽々飛び上がっている。
◎ネコの狩り
ネコは内臓を上下に移動させて、狭い場所でも通れるというが、本当だろうか?確かにこの背伸びをした姿を見ると、できそうだが、ちょっと意地悪して、たらいの中に閉じ込めてみた。はじめ「ニャー」と悲しい声をあげていたが、しばらくすると自力でたらいを動かし始め、少し浮いたところから顔を出した。そして徐々に体を出してきたのだが、確かにものすごく体を細くさせている。すごいことができるんだな…。
◎ネコの食事
一応、彼のハンターとしての本能を保ってやるためにも、肉は夕食のみで、しかも水牛の肉を彼の口に入る程度の大きさで3切れしか与えていない。本によると、ペットでもネコの食事は一日1回から2回でいいと書かれている。カロリー的には多少足りないかもしれないが、本業のハンターをしっかりやってもらうためにも、おなかは少し減っているほうがいいだろう。
ところで前にカトマンズの市場で魚の干物を売っていたので、これを煮たら出汁にならないかと思って今回持ってきた。ただやってみたらあまりおいしくないので、そのままになっていたのだが、試しに子猫に与えてみたらムシャムシャ食べた。そこで朝、僕が朝食を食べているときに、あまりにうるさいときはこの魚の干物を3匹ほどやっている。
しかし今回ネットで調べてみて、少々心配になったことがある。うちの子猫はほとんど水を飲まないのだが、ネコは少量の水で生きていけるという。これはもともとネコの故郷が中東の砂漠で、その乾燥地帯で生きていけるように体ができているということだった。ネコの体内では、少量の水を有効活用するため、腎臓で濃縮された尿を作っているという。ただ塩分が高い食べ物を与えると、腎臓にダメージを与えてしまうらしい。人間の塩加減は、実はネコにとって悪いらしい。この魚の干物は、食べてみると少ししょっぱいような気がする。大丈夫かな?
これも今回調べて初めて知ったことだが、ネコにとって、タマネギやニンニク、ラッキョウなどの球根類は非常に有毒なのだそうだ。体毛に着いた花粉を舐めただけで中毒死した例もあるという。ただうちの子猫は肉しか食べないので大丈夫だが、先日、野菜置き場にあるタマネギやニンニクのところに行って、盛んに匂いを嗅ぎまわり、しまいにはひっくり返していたが、全然中毒症状など起きなかった。またトマトもだめらしいが、この前、サケのトマト煮の缶詰を僕が食べていたら、そのこぼれたものを平気で食べていた。トマトダメなんだろう?
◎ネコのトイレ
おしっこの話が出たついでだが、ネコは家では絶対にトイレをしない。昨年、この子猫がうちに泊まりに来るようになった時、たらいの中にじゅうたんを入れて、子猫専用のベッドを作ってやったが、僕が寝袋で寝ていると、その上に乗っかって寝ていたので、試しに寝袋の中に入れてやったら、一晩中寝袋の中で寝た。こちらも寒いので、ネコと一緒に寝袋で寝る習慣がついてしまったのだが、よくこの狭い中で同じ姿勢で過ごせるなと感心した。この時、寝袋の中でおしっこをしないか、初め心配だったのだが、全然しない。トイレはいつするのかと観察していると、狩りに出かけたときに、真っ先に畑の土を掘ってそこでトイレをして、し終わった後はていねいに砂をかけている。よくペットのネコは飼育が楽だと聞くが、確かにこれだけ我慢して、しかも自分で処理してくれるなら楽だろう。
◎ネコの身体的特徴
ネコのひげは普通、6~8対、多いネコでは27対あるらしい。中にはひげがないネコもいるという。ではこの子猫のひげはと見てみると、太いものと細いものがあり、どこまでひげなのかよくわからない。しかもひげは目の上にもあるらしいが、この子猫は右目の上にはひげがあるが、左目の上にはない。
ネコのひげは感覚器として重要な役割があると書かれている。ちょっと触っただけでも敏感に反応するらしいが、この子猫のひげを触っても、全く反応してくれない。僕のいたずらと思って無反応なのかな?
ネコの身体的特徴として、一番気になるのは、この子の性別。今までネコを飼ったことがないので、性別はお腹の下を見るのかと思っていたら、お尻の下を見て判断するんだと今回初めて知った。飼い主(もともと住み着いた家のご主人)によると、この子はオスだそうだ。まだ生まれて8か月ぐらいだと思うが、僕は見方がよくわからない。
ところでネコはよく毛づくろいをする。自分の舌で体中を舐めまくるのだが、これは唾液で清潔にするとともに、体温低下を防いでいるとか。自分で舐められない顔や首は、前足に唾液を付けて撫でている。ただよく僕の手の甲を舐めて、そこに顔を押し付けてくるしぐさをするが、きっとこれは僕の手で顔に唾液を付けているのではないかと思う。
ネコの感覚器の中で、もっとも発達しているのが聴覚。可聴周波数は60Hz。ちなみに犬は40Hz,人間は20Hzで、高音域に強い。これはネズミの発する音を聞き分けられるように発達したとか。飼い主の足音を簡単に聞き分けているというが、確かに子猫が寝ているときに、僕が靴を脱いで静かに歩いても、すぐ起きてくっついてくる。子猫が外にいるときに、家の2階を歩いて移動しても、すぐに反応してくっついてくる。家の中でおちおち動けないのがちょっと窮屈に感じる。
◎ネコの家族関係
うちに来る子猫は、昨年11月にいきなりクンデ村に現れた。この時、顔も大きさも、色もそっくりな兄弟2匹で現れ、今の飼い主の家に住み着いたという。飼い主によると、その時まだ生後3か月ほどではないかと言っていたが、親は姿を見せなかった。しかし今回、僕がクンデ村に来ると、2か月ほど前から母親がやってきて住み着いていた。しかも赤ちゃんを産んだ。赤ちゃんネコはまだ目も見えていないようで、母親が常に見張っている。しかしうちに来る子猫とそっくりだ。ただ不思議なことに、この子の父親が見つからない。村ではここにいるネコの他にはいないらしい。まあ山の中だから、完全に人に姿を見せない野生のネコもいるのかもしれない。
ところでうちに来る子猫の兄弟だが、面白いことに全然性格が違うらしい。うちに来る子猫は、寝泊まりしている家が数軒あるらしく、飼い主の家には3日に一度くらいしか帰ってこない。そのうちの1日は僕のところに泊まっていたし、うちの隣の家にもよく泊まっていた。しかしもう一匹の方は、絶対にほかの家には泊まらずに、飼い主の家で過ごしている。お互い昼間は外に出て狩りをするのだが、それもそれぞれ単独で、遠くに姿を見つけても知らんふりをしている。ただ飼い主の家では、お互い仲良く暮らしているという。この赤ちゃん子猫もいつ独り立ちするのか、見たい気がするが、それまでには僕のビザが切れてしまう。