約半年間過ごしたクンデ村に、いよいよサヨナラするときがやって来た。前日までに借りていた家の大掃除はたいがい済ませ、残っていた食材も大方片づけた。これだけ長い間滞在していると、住んでいたシェルパ族の家にも愛着がわいている。
山を下りる前日の朝、いつも泊まりに来ていた子猫が久しぶりにやって来た。帰る日を決めてからは元の家に帰させようと家に泊めさせなかったので、子猫もあきらめたのか、最近は泊まりに来なかった。ただ今日は最後に日なので、こちらも寂しくなり、残っていたツナ缶を昼食に出してやったら、おいしそうに食べている。
子猫の昼食後、村のはずれにある不燃物のゴミ集積所に行く。子猫といっしょに外に出て、そのまま「バイバイ」となるはずだったが、子猫は僕の後を付いてくる。猫は自分のテリトリーがあるようで、普段はある一定のところまで来ると止まってそれ以上進まないが、今日はなぜかくっついてくる。子猫には、明日から僕がいなくなるなんてわからないだろうが、大掃除をしたりして、いつもと違う何かを感じているのかもしれない。
村のはずれにある不燃物集積場の横は、クンデ村に住む家畜たちの放牧場になっていて、ヤクたちが草を食んでいる。子猫はヤクなどの大きな動物を見ると怖がって離れてしまう。たまたま僕の後を歩いていた子猫がヤクに近づいたとき、お互いが緊張した姿になった。ヤクにとっては子猫は怖くないだろうが、けっこう臆病だ。すぐに離れると思っていたが、この後、びっくりするような光景を見た。なんと、お互いが顔を近づけていき、キスをした(ように見えた)。子猫とヤクがここまで近づいたのは今まで見たことがない。それともこのヤクとはどこかで顔見知りだったのかな???
不燃物ゴミを捨てた後、村に戻ってくると、知り合いの家から「ちょっと寄ってきなさい」と声がかかる。子猫も一緒に家に入っていくと、そこの3歳になる子供がいたので、子猫を持たせてみた。猫を抱くのは初めてだったらしく、どう触ったらいいのかわからない様子。子猫の方も居心地が悪そう。ここでポテトパンケーキのお昼をごちそうになった。
家に戻ってくると、子猫の兄弟が来ていた。前にも書いたが、この兄弟は色形は同じだが、性格が全く違っている。うちに泊まりに来る子猫は、家々を泊まり歩いているが、もう一匹は絶対に初めに居着いた家にしか泊まらない。いつもは同じ村の中で狩りをしているが、お互いの姿を見ても無関心だったので、猫の特徴である群れない生活をしているのかと思ったが、やはり仲がいいらしい。ただもう一匹は僕が近づいていくと逃げてしまった。
僕が家の中に入っていくと、子猫もいつものように一緒に入ってこようとしたので、入れさせなかったら、いつもと違う様子を感じたのか、「ニャー」と怒っている(笑)。
エサを外の石垣の上に置いて、その間に扉を閉める。子猫はエサを食べているが、その後ろからカラスが狙っている。野良猫は外敵から狙われるストレスと戦いながら生きなければならないが、この先大丈夫かな?
明日はもうクンデ村を去る日なので、これで子猫とはお別れにする。これまで一緒に寝袋で寝ていた仲だったので、子猫の方もちょっと寂しそう。それでも「バイバイ」したら、どこかに行ってしまった。
明日の出発に備えて夜、早めに寝た。夜中、おしっこに目が覚めて外に出たら、なんと玄関の前に子猫がいて「ニャ~」といって家の中に入ってきた。もう午前1時過ぎ、きっとずーっと扉が開くのを待っていたのだろう。さすがにかわいそうなので家の中に入れてやったら、すぐに寝袋の上にちょこんと乗って、僕が寝袋に入るのを待っている。クンデ最後の夜、結局いつものように子猫を抱いて寝袋で一緒に寝た。
そしてクンデ最後の夜明けを迎えた。今日は快晴で、タムセルクやカンテガ、アマダブラムがよく見える。
もうここからは忙しい。出発までに寝袋や毛布などを片付け、最後に朝食を食べた後は台所もきれいにしなければならない。寝ていた子猫を寝袋から出し、最後の掃除を始める。
居場所がなくなった子猫はまだ眠たいのか、台所の食器棚に入って寝だした。この姿もなかなかかわいい。
そしていよいよこの家を去る。子猫を外に出し、玄関の鍵を閉める。門の扉を閉めようとしたが、子猫はどうしても玄関の前からどこうとしない。ちょうど日が当たり始め、玄関の前が気持ちいいのか、あるいは朝早くから締め出されてしまって、行き場所がないのか、目を閉じて、じっとしているので、そのままにしておくことにした。これが本当の「バイバイ」!
今回は異常気象で、3月は雪、4月は雨が続き、天気が悪かったが、今日は快晴で、聖なる山クンビラもよく見える。峠から振り返り、このふもとにある66軒の家しかないクンデ村の姿を最後に見る。こんな僕でも約半年間も置いてくれたこの村に感謝!