バゴーからヤンゴンへの列車旅

ミャンマーツーリング。バゴーの知人にバイクを預けた後、ビザ更新の出国のためヤンゴンに移動。いままで3か月以上、バイクの旅を続けてきたが、初めてミャンマーの列車に乗ってみた。車窓からの風景は、バイク旅とはまた違った楽しさがある。

朝、ホテルの庭で見かけたのが見慣れないバイク。宿泊客にバゴー観光用の足として貸し出しをしているレンタルバイクだと思ったが、よく見るとペダルが付いているので電動自転車のようだ。中国製なのだが、バガンやインレー湖などの観光地でも中国製の電動バイクがかなり普及している。日本のバイクメーカーもいろいろ作らないと取り残されてしまう。

ホテルのトゥクトゥクでバゴー駅まで送ってもらった。ヤンゴン行きの列車は午前11時。バゴーとヤンゴン間は70キロほどしか離れていないし、しかも観光地なので、列車の本数はかなりあると思っていたが、深夜に2本、そして午前6時ごろの早朝便の後がこの時間。列車はのろくて不便なので、地元の人はバスを利用しているようだ。

切符の買い方がよくわからないので駅員に聞いてみたら、親切にも別室に連れて行ってくれて切符を発行してくれた。この辺は昔と比べて外国人に親切になっている。その部屋で奇妙な装置を発見。説明では、この2つの箱のようなものは無線機で、列車の運行に使っているのだとか。かなり古く旧式に見えるが、大丈夫なのかな?

駅員の話では、列車はよく遅れるので、到着が何時になるかわからないということだった。昔インドで16時間ほど遅れたことがあったので、そんなものだろうとあまり期待していなかったが、驚いたことに列車はほぼ定刻にホームに入ってきた。駅員が車両まで案内してくれた。買った切符は地元の人が普通乗る車両より1ランク上のようで、乗客も少ない。椅子がリクライニングだが、壊れているようで、自然とリクライニングになっていた。

列車は5分ほど停車した後、出発。駅には頭に重そうな荷物を抱えた人々が降車していた。駅のホームの柵に洗濯物を干しているのがミャンマーらしい。

バゴー駅の構内には、かわいらしい建物もある。鉄道はイギリス植民地時代に作られているが、おそらくその当時のまま使っているのだろう。線路わきには洗濯物が広げられて干されていた。

バゴー駅構内を抜けると、もうそこは農村地帯。仏塔が立っているのはバゴーらしい。

通過する列車を見送るように、カモたちがこっちを見ているのがかわいらしい。

線路わきに時々大量のゴミが捨てられている。ミャンマーをバイクで走っていても、道路沿いはゴミが捨てられている。ミャンマー人は寺院などでよく清掃しているため、きれい好きだと思われているが、ことゴミに関してはどこにでも捨ててしまう。国がきれいになるのはまだ先の話だ。

列車はのろのろとヤンゴンに向け走る。確かにスピードは遅く、かなり横揺れする。脱線してしまうのではないかと思うほどの揺れなので、スピードが出ないはずだ。

ヤンゴンに近づくにつれ、アパートのような建物も目立ってきた。そのわきには昔ながらの古い家々が立っている。ヤンゴンは経済発展が著しく、街並みも急速に変わっているが、車窓から見ると、貧富の差がよくわかる。

列車が通るときは踏切に係官がいて、手動で踏切を閉めている。ただ列車が通り過ぎる前に踏切を開けてしまうので、まだ踏切内を列車が走っているときに、みんな入ってきてしまう。列車の窓から見ていても、こんな近くにリキシャーが寄ってきている。

郊外の駅は小さな駅が多いため、見ただけでは本当に駅かどうかわからないこともある。しかしヤンゴンの近くになり、ヤンゴンを中心に回る環状線内に入ってくると、駅もだんだん立派になってきた。

線路の上にお店を開いているのも驚きだが、そのうえで平気で昼寝をしているおばさんがいる。と思ったら、子供も小さい子に背中を踏ませている。何とものんびりしたミャンマーだ。

環状線では、日本から寄贈された中古車が結構走っている。車両には両国友好の国旗のシールが貼られていた。

午後1時半、無事ヤンゴン駅に到着。約70キロほどの距離を2時間半かかった計算だ。こののろさでは、地元の人がバスを使ってヤンゴンに出てくるのも無理はない。以前から日本のJICAなどが専門家を派遣して鉄道を整備しているようだが、なかなかすぐには変わらないものだ。

バイクで地方を走っていたので、久々に見るヤンゴンは大都会だ。日本の会社が建てたサクラタワーも駅前でそびえ立っているかのように大きく感じる。

その一方で、街の傍らを見ると、尼僧たちが托鉢をしている。大都会でありながらも、まだ昔ながらの生活や信仰が残されているのがミャンマーのいいところ。

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