メコン川の旅

インドシナ半島に、メコン川という大河がある。チベット高原に発し、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアを通りベトナムで海に達する。

メコン川はいい。一度訪ねてみるといい。何がいいって?とにかく平和だ。

そんな風景からは想像もつかないが、かつてこの流域は激しい戦場だった。そんなメコン川もここ数年、開発され変わってきた。ただまだ昔の良さがちょっとだけ残っている。

中国 雲南省から出発

中国 景洪のメコン川

まずは中国 雲南省から旅を始めよう。この辺りは両側を深い山に挟まれ、かなりの急流だ。

中国 景洪のメコン川の牛

タイ族自治区・景洪では、河原で牛と遊ぶのどかな風景が広がる。

 

ゴールデントライアングルのメコン川

ゴールデントライアングル

タイ、ミャンマー、ラオスの3か国が接するゴールデントライアングルは昔、世界最大のアヘン生産地で暗黒の地域だった。昔は枕詞に「魔の」とつくほど、一般の人が訪れるようなところではなかったのだ。

それでも20年前はまだ静かなところで、どことなく怪しい雰囲気が残っていたと思う。しかし現在は大勢の観光客を乗せたバスがひっきりなしに到着し、メコン川の川沿いもレストランが立ち並ぶなど一大観光地となった。夜、川辺に立つと、ミャンマー側にあるカジノがひときわ明るく浮かび上がっていた。

ゴールデントライアングルは山岳民族の宝庫

この地域の山には、さまざまな山岳民族が住んでいる。周辺の開発とともに独自の文化はすたれてきたが、時にはこんなすばらしい民族衣装にも出会える。

アカ族
アカ族
リス族
リス族
モン族
モン族
アヘンを吸う山岳民族

タイ政府の麻薬撲滅運動でアヘン栽培はほとんど見かけなくなった。ただ、山岳民族の村を訪れると隠れてケシ栽培をやっていたりする。村には必ず一人は麻薬中毒者がいたもんだ。なぜわかるかというと、アヘンを吸うと、甘ったるいにおいがその家から漂ってくるからだ。

山岳民族の村を勝手に訪れることはかなり危険だ。アヘン栽培をしている村人はよそ者を警戒するため、下手をすると殺される可能性もある。ただ最近は欧米からの観光客たちがトレッキングがてら村でアヘンを吸うというツアーもあるとかで、昔の「魔のゴールデントライアングル」というイメージはなくなった。

プラーブック

幻となったプラー・ブック

20年ほど前に、メコン川には世界最大のナマズが住んでいた。名前をプラー・ブックといった。なぜ過去形で書いたかというと、漁師たちの乱獲で絶滅してしまったからだ。

大きいもので体長は3メートル、重さ300キロ近くまで達し、うろこのない魚では世界で一番大きかった。生態系はよくわかっていないが、4月から6月の産卵期にラオス南部からメコン川をさかのぼり、中国の雲南省あたりで産卵を終えると下流に戻ってきたらしい。

プラー・ブックは珍味で高値で売れたため、一獲千金を狙う漁師たちが集まって乱獲された。タイ北部チェンコンでは産卵期の1か月間で400人ほどの人が一日中網を川に流していた。金に目のくらんだハンターたちによって、昔は「神の使者」とあがめられたプラー・ブックも絶滅。経済成長とともにモラルもなくなるのはどこの国でも同じか。

世界遺産ルアンパバーン

ラオス ルアンパバーンの僧
ラオス ルアンパバーンの托鉢

ラオスのルアンパバーンは歩いて回れるほどの小さな町だが、その中に80以上のお寺がある。

ラオス タムティン洞窟

早朝、表通りに出ると、オレンジ色の袈裟を着た僧侶たちの托鉢の列を必ず目にする。

ラオス首都ビエンチャン

ラオス ビエンチャンのメコン川夕暮れ
ラオス ビエンチャンのタートルアン

ビエンチャンはラオスの首都だが、一国の首都というには小さすぎる。昔は静かだったが、最近はメコン川沿いにナイトマーケットができ、大音量のカラオケでにぎわっている。対岸のタイは夜になっても明るく、経済格差を感じたが、こちらも負けじと競り合っているのがかわいいところ。

 

ラオス ビエンチャンのワット・シーサケット

ビエンチャンにあるワット・シーサケットは有名な古寺だが、この寺の片隅に、壊れた仏像が乱雑に置かれている一角がある。

ベトナム戦争と時を同じくして、共産主義の拡大防止にアメリカは山岳民族のモン族を支援し軍事訓練などを行った。しかしパテート・ラオとして知られる民族解放戦線が優位に立ち、1975年にラオス人民民主共和国が誕生した。

アメリカの支援を失ったモン族は、メコン川を泳いでタイに難民となって逃げたのだった。「メコンに死す」という小説には、主人公が家族とともにタイに逃れようとしたところ、見回りの兵に見つかり、自らが犠牲となり家族が乗ったいかだをメコンに流すという場面が最後に描かれている。ワット・シーサケットの壊れた仏像は、そんな悲しい時代があったことを伝えている。

タイ ナコンパノムの火の船流し

タイ ナコンパノムの火の船流し

ビエンチャンからメコン川を下ってくると、川幅も広がりゆったりした流れとなってくる。タイの東北部ナコンパノムでは毎年、雨季明けを祝い「火の船流し」というお祭りが行われる。これは船の上に竹で組んだ櫓を作り、そこに寺院や仏陀などが描かれた灯火をぶら下げた船が流されるというもの。花火も打ち上げられなかなか盛大だ。

ラオス南部

ラオス ワット・プー

荒れ果てたワット・プー

アンコール王朝を築いたクメール帝国は東北タイやラオスまで領土を広げた。その遺跡ワット・プーは今では荒れているが、そのスケールの大きさは当時をしのばせる。

ラオス コーンの滝・パペーンの滝

メコン唯一の滝

ラオスとカンボジア国境にあるコーンの滝はメコン川で唯一の滝。植民地時代のフランスが物資の輸送でメコン川をさかのぼり調査したところ、滝があったので断念したという。

ラオス コーン島

コーン島

滝の上流では、メコン川は数多くの支流に分かれ、川幅は20キロほどに広がる。ここにはコーン島を含め大小4千もの島があるという。滝がメコン川をせき止めているかのような地形だ。

カンボジア クラチエの川イルカ

カンボジアの川イルカ

コーンの滝から南に下りカンボジアに入ると、クラチエという小さな町がある。ここに珍しい川イルカが生息している。この川イルカ、人には一定の距離を保って近づいてこない。海にいるイルカが好奇心旺盛で人と一緒に泳いでいるイメージとはかけ離れている。

実はこの川イルカ、大虐殺を行ったポル・ポト政権の時代に苦難の過去があった。この時代、飢えに苦しむ人々によって川イルカは食べられ、またそのあとに入ってきたベトナム兵は射撃訓練で川イルカを撃ったという。どうりで近寄ってこないはずだ。

カンボジア・プノンペン

カンボジアはベトナム戦争時から長年、戦争が続いた。1975年から4年間はポル・ポト政権で200万ともいわれる自国民が大虐殺された悲劇を味わう。

この骸骨のカンボジア地図は、当時刑務所で現在は博物館となっているツールスレンに飾られていたものだ。ここで殺された人々の頭蓋骨を使っているのだが、その後、あまりに醜いということで撤去されてしまった。亡くなった方々の無念さはあるだろうが、悲劇の歴史を伝えていくには必要なのではないかと思うのだが…。

1997年7月、当時のラナリット第一首相とフン・セン第二首相の間に始まった戦闘で、首都プノンペンでは戦車の砲弾が飛び交った。多くの市民が死傷したが、けが人が運び込まれたカルメット病院で病院で両足を失った男性を見かけた。

戦闘で飛んできた砲弾が当たり左足を失ったというが、右足はそれ以前になかったようだ。まだ内戦が激しかった1988年に国鉄の保線作業員だった彼は、ポル・ポト派が仕掛けた地雷を踏んでしまったという。何ともやりきれない話だ。

カンボジア プノンペン メコン川夜明

プノンペンの王宮前で、東南アジア最大の淡水湖トンレサップ湖から流れ出したトンレサップ川とメコン川が合流する。この二本の川の関係はおもしろい。水が少ない乾季は普通に流れるのだが、水かさが増した雨季には、上流から流れてくるメコン川の水量がトンレサップ川を圧倒し、なんと上流のトンレサップ湖に向かって逆流していくのだ。王宮前にたたずむと、自然のスケールの大きさを感じる。

ベトナム チャウドック・ハウザン夜明け
ベトナム タンチャウ

いよいよベトナム

メコン川の旅も最後のベトナムへ。プノンペンから下ってくると、メコン川は大きく2つに分かれる。国境近くの街チャウドックでは、本流から入った小さな運河が張り巡らされている。早朝、泊まったホテルの窓から川幅が広くなったメコン川を見ると、今までで最も赤く染まった川面がとても美しかった。

最大の市場カントー

海に近い広大なメコンデルタの中心都市となっているカントーには、米を始め豊かな食材が集まってくる最大の市場がある。活気づくというよりも殺気立っていると言った方が適切かもしれない市場は、一日中いても飽きない。

壮大なフン・ヒエップの水上マーケット

ベトナム フン・ヒエップの水上マーケット

実は、このフン・ヒエップの水上マーケットに集まってくる大小の船の圧倒される写真を見て、私のメコン川の旅が始まったのだった。メコンデルタを象徴するこの光景、実際に目にして感動したのだったが、残念なことにこの水上マーケットはのちに移転してしまい、今はすっかりさびれてしまった。

ベトナム ベンチェのマングローブ

よみがえったマングローブ

ベトナム戦争時、アメリカによってまかれた枯葉剤で全滅したメコンデルタのマングローブだったが、その後の植林で見事によみがえった。

ベトナム メコン川

広大なメコンデルタ

3毛作も可能なベトナムの穀倉地帯。田んぼに水が張られた水田はパッチ模様で美しい。

ベトナム メコン河口

そして最後にたどり着いたメコン河口

メコン川が海に注ぐところはどうなっているのだろうか。

そんな素朴な疑問に、ついに河口まで来てしまった。ただ海に出るまでが結構大変だった。とにかく道がない。ベトナムに限らないが、途上国では海に面して巨大な港を作れないため、もっぱら川をさかのぼったところに港ができる。つまり海はあまり利用されていないのだ。

苦労してたどり着いたところは白い砂浜でもなく、上流から運ばれてきた黒っぽい土と、濁った海水が交じり合う、あまり感動するような光景ではなかった。

周りには、遠くでバイクの上で語り合っているカップルしかいない。人目を避けてデートにやってきたのか。私はサンダルを脱いではだしになり、黒いきめ細かな土を踏みしめてみた。ここにはきっと20世紀の激しい戦闘で犠牲になった人々が流れ着いてきたに違いない。そう思うと、メコンは平和になったんだとしみじみ感じられるのであった。