
妙蔵寺パゴダ再生の試み
2016年から2017年にかけてミャンマーに滞在し、バイクでミャンマー全域を走り回った写真家 川口敏彦が八木沢に移住したのは偶然だった。
そこに妙蔵寺ミャンマーパゴダがあったことで、近所の人は「堯英さんに導かれたに違いない…」と言った。
2021年2月1日、それまで民主化の道を歩んでいたミャンマーで軍がクーデターを起こし、軍事政権に逆戻りしてしまった。日本在住のミャンマー人たちも抗議活動を各地で始めた。それに合わせて写真家 川口敏彦も路上写真展を皮切りに、各地でミャンマー支援写真展を開催することとなる。
クーデターから3年の節目を迎えたとき、それまで都市に出かけて行ってきた活動をやめ、地元の妙蔵寺パゴダを見直してみようと考えた。
太平洋戦争をきっかけに作られた妙蔵寺パゴダだが、今でもミャンマーは内戦状態に陥っている。このパゴダで平和について考えていきたい…。

妙蔵寺との付き合いは、ミャンマーから帰国した2018年5月に本堂で開催した「素顔のミャンマー写真展」だった。
いつも檀家さんが使う椅子の上にミャンマーの写真を置いて展示したのだが、仏教国のミャンマーの写真は、妙にお寺の雰囲気とぴったり合った展示となった。

その後、ネパールにプチ移住したり、新型コロナが拡大したりしたので、活動も控えめにしていたのだが、クーデターから3年目を迎える2024年1月、パゴダ内をミニ資料館にしようと展示品を入れ始めた。
堂内にはパゴダ建立や堯英の活動、クーデターの経緯などの資料を展示している。


クーデターから3年目を迎えた1月~2月、静岡県内では静岡市、富士市、沼津市の活動と合同で妙蔵寺パゴダからも発信した。

そしてクーデターが起きた2月1日、ミャンマーの平和を願い、ささやかな祈りをささげた。
ミャンマーでは、軍に反発した若者たちが少数民族の支配地域に逃げ込み、そこで武器の使い方を習ってゲリラ戦を挑んで抵抗を続けている。終わりの見えない内戦状態に陥っている。
3月中頃から妙蔵寺パゴダの前にあるしだれ桜が咲き始める。なかなかの大木で、一年で一番美しい季節となる。
この時期に、境内にキッチンカーを出してミャンマーカレーを出してみた。
ミャンマーカレーは厳密にいうとカレーではない。「ヒン」と言われる煮込み料理なのだが、ほとんどの人は食べたことがないので、まずは知ってもらおうという試み。





妙蔵寺パゴダ再生プロジェクトが新聞に紹介された





ありがたいことに多くの新聞から取材を受けた。
過疎地から平和を考えていく…というような活動が珍しいのか。もともとあった地域資源が新たに手を加えられ再生することが有意義なのか。
とりあえず、この試みは間違ってはいなかったようだ。