妙蔵寺ミャンマーパゴダ

ミャンマーパゴダが完成するまで

ミャンマーには各地にパゴダ(仏塔)がある。しかし八木沢のパゴダは、ちょっとミャンマーのパゴダとは形が異なっている。

このパゴダは太平洋戦争中、ビルマ戦線(現ミャンマー)に派兵され、インパール作戦を生き残って復員した妙蔵寺の住職、佐治堯英(さじ ぎょうえい)によって建設された。パゴダへの思いは、亡くなった戦友の慰霊だった。

堯英は1964年から5年間、沼津駅や熱海駅などの駅頭に立ち、托鉢を行って建設資金を募った。時には通りがかりの人に殴られたこともあったといい、思うように資金が集まらず、苦労を重ねたという。

当時、社会主義となったビルマには、外国人は自由に入ることができなかった。パゴダを設計するにも参考とする資料もない。唯一、手元にあったシュエダゴンパゴダのパンフレットを参考に、次男の寿英(じゅえい)と模型を作りながら試行錯誤を重ねた。

そして1970年、パゴダは完成する。日本に建てるのだから神社の形を入口に取り入れてみよう…というデザインとなった。


昭和43年(1968年)8月
パゴダ建設地の造成始まる
昭和43年(1968年)9月、末寺の墓石が荒廃していたので、檀家総出で墓石を妙蔵寺に集積し、パゴダの礎石とした。

昭和45年(1970年)1月、
基礎工事が進むパゴダ建設地
昭和45年(1970年)
完成間近のパゴダ

1970年(昭和45年)
八木沢の子供たちが稚児行列として参加し、盛大に行われたパゴダの落慶式。

当時は地方にも子供たちが多くいたが、今では少子化で、八木沢に数えるほどしかいない。稚児行列も行われなくなって久しい。