クムジュンスクール

世界最高峰エベレストの麓にある学校
クムジュンスクールとのオンライン交流

エベレスト街道の標高3790㍍にクムジュンスクールはある。この学校は世界の登山界に名が知られているが、それはエベレストの麓にあるという地理的な要因と、創立された歴史的要因の2つがある。


1961年創立時の生徒たち
現在の生徒たち

1961年創立時の写真が残されている。この写真を見ると、この地域に住む山岳民族シェルパ族の子供たちが粗末な着物を着て写っている。そして現代の集合写真を見ると、大きな進歩がうかがえる。この2枚の写真の違いが、シェルパ族の発展を物語っている。


ヒラリー(左)とテンジン
校内にあるヒラリーの銅像

1953年5月29日、イギリス隊として人類初となるエベレスト登頂を果たしたニュージーランド人のエドモンド・ヒラリーとシェルパ族のテンジン・ノルゲイ。
ヒラリーは登頂に尽力してくれたシェルパ族のために、学校と病院を作った。クムジュンスクールはその学校で、別名を「ヒラリースクール」という。
クムジュンスクールが世界の登山家たちに有名な理由は、このような歴史的経緯によるものだ。


校舎自体はいたって質素な造り。この地域は森林限界を超えている標高のため、現地で手に入る石で作られている。そのため教室内はかなりの寒さとなる。

そのため、日が出ているときは、外に出て直射日光を浴びながらの青空教室となる。時には寝ころびながら授業を受ける姿は、昔からこの学校の伝統だ。


一つの校舎の壁に、日本国旗が描かれたプレートがある。これは2015年に起きたネパール大地震で壊れた校舎の再建を、日本の有名な建築家、坂茂氏が設計したためだ。


クムジュンスクールは1991年、富山県立山町立芦峅小学校と姉妹校提携をしている。これは北アルプスの山岳ガイドで栄えた芦峅寺と共通の文化があったことで結ばれた。残念なことに2009年に芦峅小学校が児童数減少のため廃校となってしまい、交流が途絶えた。


2026年9月、静岡県沼津市立長井崎小中一貫学校とオンライン交流
学校のホームページから

「富士山×エベレスト つなぐプロジェクト」の活動の一つとして、クムジュンスクールとの交流があった。これは写真家・川口敏彦がクムジュンの隣にあるクンデ村に半年間、滞在していた時、当時のクムジュンスクールの校長と「日本一の富士山と世界一のエベレストをつないで交流ができたら、日本との交流が復活する」という話をしたことから始まった。

現在、クムジュンには光ファイバー回線がつながっているので、オンライン交流が可能となった。芦峅小学校が交流をしていたころは、児童たちがクムジュンまで実際に行かないと交流とならなかったことを考えると、今ではネットが通じれば、エベレストの麓の学校とも交流ができてしまう。これは新しい交流の形として今後も試みていきたい。