3400㍍のかつ丼

3週間ぶりにナムチェバザールに買い出しに出かけた。よく3週間も買い出しに行かないで食べるものがあったなと思うが、近所の方からポテトや菜っ葉をもらったり、家の中に残っていた米や小麦粉を食べながら食いつないでいた。まるでネズミのような生活(笑)。昨年滞在していた時に、この家には米や小麦粉が残っているのは気付いていたが、ここの大家が25年前にカトマンズに移ってから住んでいないと聞いていたので、これらの食べ物は25年前のものだとずっと思いこんでいた。さすがにそんな古いものは食べられないと手を付けずにいたのだが、後で聞いたら、昨年の村のお祭り当番の時に残ったものだという。勝手に食べていいとお許しをもらったので、ちょこちょこつまみ食いをしていた。


ネパール エベレスト


ネパール エベレスト街道 ナムチェバザール

いつもの買い出しのコースを歩いていく。ナムチェバザールに行く途中のシェンボチェから、今日もエベレストはよく見える。ただ帰りにはきっと曇っていて見えないだろう。シャンボチェ空港を横切って、すり鉢状の急坂をナムチェバザールに向かって降りていく。下からはトレッカーたちが続々と上がってくる。4月は春のトレッキングシーズンのピークだが、この長い列を見ると、もうシーズンに突入しているようだ。


ネパール エベレスト街道 ナムチェバザール

さてバザールだが、3週間前と比べ、明らかに売られている商品が多くなっている。3月初めはまだ上のロッジなども閉まっていたので、あまり品物も運び上げてこなかったが、今回は大量のビールも売られている。これなどはトレッカーたちがロッジで飲むのだろう。前回ほしかったトマトも今回はあったんで、1キロ300ルピー(300円)で買ってみた。日本のものよりも小ぶりで丸くない。


ネパール エベレスト街道 ナムチェバザール


ネパール エベレスト街道 ナムチェバザール 日本食


ネパール エベレスト街道 ナムチェバザール 日本食

実は今回の目的は買い出しだけでなく、ここにある日本食レストランに行ってみることだった。前からナムチェバザールに日本食レストランがあることは気付いていたのだが、標高3400メートルにある日本食がおいしいわけがなく、きっと高くてまずい食べ物が出てくるに違いないと思って見向きもしなかった。ところが、ある人からこの店がおいしくて、地元シェルパ族の人が夜、よく食べに行っていると聞いて、一度行ってみようかと思ったのだった。

お店の名前は「ともだち」。よくアジアの各地にある日本食屋はだいたい「ふじ」「さくら」「とうきょう」などというありふれた名前を付けたがるのだが、ちょっと変わった店名だ。ただこの看板では、ここが日本食の店というのが日本人以外、わからないのではないかな?




ネパール エベレスト街道 ナムチェバザール 日本食

さて、お店に中に入ってみる。市場の通りから入ると、1階下に下がるので、ちょっとわかりにくい。場末感漂う入り口を恐る恐る下がっていくと、意外と店内は明るくて眺めがいい。メニューを見ている間に日本茶もでてきた。これはありがたい。日本にいるときは日本茶など飲まないのだが、数か月も飲まないと、たまに飲んでみたくなるのだから不思議だ。




ネパール エベレスト街道 ナムチェバザール 日本食

メニューを見ると、けっこういろいろある。弁当もあるが、写真を見ると焼き鮭が入っている。まさか標高3400メートルまで鮭を持ってくるのか、驚いた。納豆もある。これもカトマンズから持ってくるのだろうが、日持ちはしないはず。最近日本人トレッカーの数が減っているので、この店で食べる客はそんなにいないはずだ。現に今日も客は僕一人。この納豆、大丈夫なのかな?


ネパール エベレスト街道 ナムチェバザール 日本食

注文したのはかつ丼。前にクンデの家で揚げ物をしたとき、油の温度が上がらなくてうまく揚げられなかったが、この標高でどんな感じで出てくるのか見て見たかった。

そして出てきたのがこれ。食べてみるとうまい!もちろん日本で食べるかつ丼と比べたら、そりゃー味は落ちるが、標高3400メートルでこれだけの味を出せれば、もう合格点。オーナーはシェルパ族ではなくタマン族で、カトマンズのタメルにある日本食屋で習ったとか。こんなにおいしかったら、もっと早く来ればよかった…。


日本食を久しぶりに堪能した後は、400㍍の急坂を登って帰らなくてはならない苦行が待っている。しかも今回は3週間ぶりの買い物で、かなり重い。2時間かけてクンデ村まで戻ってみると、やはり天気は悪くなっていて、村は霧の中。3月はほとんどこのパターン。昨年10月も朝は快晴だが午後になると霧に包まれてしまうという同じような天候だった。しかも霧が出ると、気温が急激に下がって寒い、あー、早く春にならないかな…。

投稿者: asiansanpo

元読売新聞東京本社写真部。2016年3月、早期退職し、アウンサンスーチーの新政権が誕生したミャンマーに移り住み、1年半にわたり全土を回りながらミャンマーの「民主化元年」を撮影。2018年9月からは、エベレストのふもと、標高4000㍍の村で変わりゆくシェルパ族とともに9か月間生活した。日本では過疎地を拠点とし、衰退していく地方の実態を体験している。

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