「老後資金はいくら必要?」の無意味さ

昨日の雪でやることがなくなったので、久しぶりに日本のニュースを見てみた。富士山よりも高いところでネットが通じること自体すごいことだ。

それで気が付いたことは、流れている話題の中で、「老後資金はいくら必要か」というテーマが多いことだ。僕自身、52歳で勤めていた会社を早期退職しているので、このテーマについて深く考えた時期がある。また昨年、1年間にわたり伊豆の限界集落で暮らしていた時も、日本のニュースには毎日触れていたので、この手のテーマはよく目にした。いくつかのサイトで複数の専門家がそれぞれの立場で分析しているのだが、基本的には皆、同じ内容だった。

その内容をざっと書き出すと、まず今後の日本の現状は「少子高齢化が進み、働き手が減少する」。「社会保障費が増大していき、年金の繰り下げ、支給額の減少は確実視されている」。「退職金と年金だけで老後を生活していけるのだろうか、という不安をもっている」といった具合だ。そこで「老後資金はいくら必要か」という計算に入っていく。

その計算自体は専門家によって金額が違っていて、「3000万円あれば大丈夫」、「6000万円は必要」、「いや1億円はなければ…」と様々な数字がはじき出されている。その中である団体が公表している数字を参考にあげてみよう。現在、夫婦で老後に必要な生活費は月額平均23万円。さらにゆとりある老後を過ごしたい場合は平均35万円必要だそうだ。65歳定年で90歳まで生きると仮定し、25年間で必要な生活費は6900万円。ゆとりある生活では1億500万円ということになる。

では老後の収入となる年金はどのくらいになるのか。年金についてはサラリーマンと自営業で違うし、個人によって条件が異なってくるので、あくまで参考という計算になる。65歳から年金がもらえるという前提(まあ絶望的だが…)で考える。厚生労働省が報告書で公表している数字は、国民年金の平均月額55,615円。厚生年金は147,051円となっている。サラリーマンとして40年間働いた夫と専業主婦のモデルケースも紹介されており、月額221,277円の年金がもらえるという。ここから社会保険料や税金を引かれると、だいたい17万円が手取りとなる。そうなると、老後に必要な生活費23万円との差が月々6万円の赤字となり、その25年分、1800万円、ゆとりある生活をするには5400万円が退職時に最低でも用意しなければならない金額となる。

僕が勤めていた会社から早期退職しようと考えたとき、この手の計算をしたのだが、結果はどう考えても「早期退職なんてできない」という結論になる。そもそも普通のサラリーマンが一生涯で獲得できる金額なんてだいたい決まっていて、40年間働いた平均生涯賃金(退職金を含む)は2億7492万円だそうだ。このうち、ほとんどは日々の生活費として消えていってしまうので、早期退職する余裕なんてなかなかない。

では、なぜ早期退職してしまったのか?

答えは「血迷ったから」「人生捨てたから」(笑)ではなく、自分の考え方を変えたからだ。前述したように、お金の計算から入っていったら、普通のサラリーマンは早期退職などできない。さらに今後の年金制度の不安もあるので、早期退職どころか、定年退職した後もできるだけ働くしかないという結論になってしまう。

元気なうちはいい。けれど僕自身は重度のヘルニアを患い、男性の平均健康寿命といわれる72歳まではとても健康ではいられないと思ったので、自分の体が動くうちにやりたいことをしたいという考えから早期退職を選択した。健康問題で働きたくても働けない方はけっこういるのではないか。

では、早期退職を選択したとき、どう自分の考え方を変えていったかというと、「残っているお金に合わせて自分の生活レベルを落としていく」ことにした。僕が伊豆の限界集落に住んでいた時、周りの人は毎日海で魚を釣ったり、荒れ地となっていた畑を借りて野菜を作ったりしていた。今の世の中、完全な自給自足の生活をするのは難しいだろうが、お金を使わない生活のヒントにはなった。僕はアジアの各地で山岳民族の生活を見てきたが、実は伊豆の生活とあまり変わらないような生活を彼らはしている。山岳民族といっても、インフラが整備されてきている現代では、様々な形でお金は必要になっているが、食べるものに関しては自分たちで作っている。人間、食べなければ死んでしまうが、逆に言えば、食べ物さえあれば何とか生きていける。アジア各地を見て回り、伊豆で暮らした体験から、「まあ何とかなるだろう」と楽観できるようになったのが一番の収穫だ。

アジアの山岳民族は確実に日本人よりも貧しい。が、それでも彼らは生活している。老後の生活費23万円、こんな数字に振り回されていると、死ぬまで働かなきゃならない。それで自分の人生、後悔しないのか?

投稿者: asiansanpo

元読売新聞東京本社写真部。2016年3月、早期退職し、アウンサンスーチーの新政権が誕生したミャンマーに移り住み、1年半にわたり全土を回りながらミャンマーの「民主化元年」を撮影。2018年9月からは、エベレストのふもと、標高4000㍍の村で変わりゆくシェルパ族とともに9か月間生活した。日本では過疎地を拠点とし、衰退していく地方の実態を体験している。

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